沖縄も様変わり

私は先島の出身ですが、沖縄本島に来てから沖縄本島もだいぶ変わったように感じております。沖縄に来たときは、今よりアメリカ世があったように思います。例えば金武町にはキャンプ・ハンセン基地があり(今でもありますが)ハンセンのゲートの向かいには兵隊相手のバー(酒場)があり、フィリピンのホステスさんが店頭に立ち兵隊さんに声をかけて店の中へ、日本人にも声をかけて酒を飲む。酒場は、(店内)広いわりには客は少なかった。カウンター席とテーブル席に2.3人のフィリピンホステスが付いていて、酒を飲みながら暫くするとダンスと言ってステージに上がりダンスを踊る。酒とダンスに酔ってフロアーショーの時間も過ぎていく、そのようなお店が多く見うけられ、店は横文字や絵画のような看板が多かった。 しかし、今では飲み屋街の中通りには駐車場や憩いの場所もあり、アメリカ世は様変わりしている。それは兵隊3人による少女暴行事件がきっかけかは知らないが、憩いの場所もあり、近所の方も集うためかアメリカ色は薄くなっている。旧コザ市のセンター通りもカデナ基地の近くのため、ベトナム戦争戦争の頃は飲みつぶれるほどの兵隊さんも多かったと聞きました。金を持っていても戦死するんではと酒を飲み、酒場の壁にはドル札が沢山張り付けられていたそうです。戦争景気に賑わっていた時代のようです。しかし今では・・・・・

道幅も広いセンター通りも一方通行になり、パークアべニュ―となり、両側は歩道と商店街に変わり、日本人向けの店舗の様相がうかがえる。唯一兵隊が飲むのはカデナ基地に通じるゲート通りではないでしょうか?基地の周りに兵隊相手のバー(酒場)が、出来るのは必然かもしれない。しかし時代の変化とともに様相も変わり、アメリカ世は薄くなっている。

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